「人」という肩書きで生きる

好きな人を取材して、その人の生き様を紹介しています。

No.3 清澄白河でゆるやかなつながりを作り、魅力を言葉で伝えたい

一言ずつ丁寧に話す岡島梓さん(30)。ある大学の地理学研究会で出会った両親の元で育ち、その影響で街の歴史や地理に興味を持ち始める。そして大学入学後、東京をテーマにしたフリーペーパーに出会い、街の情報を言葉で伝えてみたいと思った。大学卒業後、大手鉄道会社に勤めながら2冊の本を自費出版。街の交流場をつくることにも関心を持っていたため、退職後はカフェの店員として働き、現在はフリーライターとしても活動中だ。「本当にしたかったこと」に向き合い、現在も模索している彼女のこれまでを追ってみた。

 

 

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まちの地理と歴史、そして書くことが好き

「都市に興味があって、その成り立ちに関わる地理的条件や歴史を知りたいと思っていました。今でも世界中の都市を巡りたいし、東京をもっと歩きたい」

大学1年次には西洋史を専攻した。今世界中で起きている問題の原因を少しでも理解したくて、現代史を学ぼうとした。だが、西洋史クラスは2年次以降、文献の翻訳がメインだと聞かされた。

「今につながる歴史を学びたかったから、ラテン語の翻訳? と全然ピンとこなくて」

急きょ進路を変更し、卒業論文では東京の歴史や地理への関心が高まっていたため「公共交通機関で東京の観光を盛り上げる」というテーマを取り上げた。

 

就職活動には、2つの軸をもって臨んだ。ひとつは、東京の街に関われる交通系の会社、もうひとつは出版社だ。駅構内に置かれていたフリーペーパーの内容に圧倒され、あこがれていた。しかし、出版社への活動は途中でストップする。「編集者は企画・管理ができないといけない。ただ文章を書きたいだけの私にはとても無理だと。でも当時は出版社でなければ記事は書けないと思っていたので、書く仕事はあきらめました」

そして、縁あって東京地下鉄株式会社東京メトロ)に就職した。

 

入社1年目に出会うカウンセラーの一言

2007年に東京メトロに入社。希望の配属先は広報部だった。「メトロニュースというフリーペーパーや社内報の発行元であり、もしやあきらめた夢が叶うのでは! と思いました」

ところが配属されたのは人事部。しかも、給与担当というのは予想外だった。「大雑把で細かい数字は扱えないと面談で伝えたので、総合職としては当たり前の配置なのですがこたえました…」

苦手な仕事に悩み、人間関係でもトラブルを起こした。

「ある時期から、悲しくもないのに、PCの前に座っていると突然涙が出るようになりました。“これはちょっと変だ”と思い、社内のカウンセラーを訪ねました」

駆け込んだ先にいたのは、彼女にとってかけがえのない存在になる女性だった。彼女は話を聴くだけではなく「本当は何がしたいの?」と、尋ねた。

 

「文章を書きたいです」

 

無意識に口から出た答えだった。

「自分でもびっくりして、カウンセラーさんも驚いて『え、鉄道会社に入ったのに?』って二人で顔を見合わせていました。彼女に会わなければ引き出されなかった、奥底の本音だったんだと思います」

「文章くらい、会社にいても書けるじゃない」そんなカウンセラーの言葉で、会社員・人事部という肩書きから離れることができた。加えて、カウンセリング後に見つけた小学校時代の文集には「絵本作家になりたい」と書いてあった。あの日、自分でも驚いた答えが腑に落ちて、入社4・5年目に小説2冊を自費出版した。

「ボーナス一年分つぎこみました。会社員でよかった(笑)助言をくれたカウンセラーさんに“手に取れる形にできたよ”と伝えたくて、Amazonでも販売ページをつくりました」

顔をほころばせながら彼女は話す。

 

 

やり残しに向き合ったふたつの出来事

入社してから4年目、東日本大震災が発生した。

地震が起きた時、“もうダメかもしれない”と本気で思いました。京都での体験なので大したことはないのですが、阪神大震災の記憶を超える揺れだったので」

大きな揺れの中、机の下で頭をよぎるのは、数々のやり残してきたこと。揺れが収まると、動揺を抑えられない彼女とは違い、同僚たちはすぐさま着席して仕事を始めた。

「自分は仕事にすぐ戻れなかったし、揺れている間、この後すぐ起こるだろう鉄道網の混乱なんか考えもしなかった。会社員失格です」

そして、震災から10か月後、職場の同僚が病気で亡くなった。元気なうちに、あの日頭をよぎったやり残しに手をつけよう。葬儀を手伝い終えた後、気持ちは固まった。

彼女は半年後に退職した。カウンセラーとの出会い、震災、そして同僚の死で立ち止まることがなければ、彼女は今でも同じ場所で働いていたかもしれない。あらゆる物事が彼女を違う場所へ連れていった。

 

清澄白河、ポートマンズカフェではたらく

「2冊目に書いた小説のキーになっているのは、人が出入りする喫茶店。人が集ってくつろぎ、会話やアイデアが生まれる場所を持ちたいという思いも、小説を書く中で再確認しました」

東京メトロを退職後、彼女はカフェで働き始める。

「清澄白河のPORTMANS CAFEにアルバイトで入れてもらいました。PORTは人が集まる港町であり、船が休む港であり、情報が集まる基盤でもある。私がやりたいことが名前になってる! と急いで面接を受けに行きました。今もお店で働かせてもらいながら、時折、友達を集めた会『喫茶あずさ』を開催しています。名前はふざけてますが、バックグラウンドが違う人同士が“ただの友達”とともに過ごせる場所をつくりたいです」

 

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顔の見える取材を

さて、文章を書きたいと退職したものの、ライターになる目途はついていなかった。

「退職した後に気付いたんです。ライターの勉強ってしたことない…ほんと、遅いんですけど」

彼女はあるライター講座へ通い、そこから仕事へのつながりが生まれた。そして運よく、カフェの経営母体であるデザイン事務所からも仕事をもらえた。これらの仕事を中心に、2年間仕事を選ばず続けたことで、スポットライトを当てたいのは街と街で頑張る人々、このふたつだと感じることができた。

 

 

地域の魅力を伝える係

「2014年後半からは、地域ではたらくという目標を立てました。特に、自分が暮らす街でもある清澄白河に軸を置きたかった。地図をつくりたいと言い出したのも、その目標がベースにあります」

彼女は、地元の有志とともに清澄白河のタウンマップ『ROUTE』の作成に携わり、2015年4月末から清澄白河駅や店舗に配付を始めた。

「清澄白河は、路地にも素敵なお店があります。ブルーボトルコーヒーのおかげで知名度がアップしましたが、他にも寄り道したくなる場所がたくさんありますよ! と伝えたかったんです。ある日、ROUTE片手に歩く女性にすれ違った時、思わず話しかけそうになりました。(笑)」

本当にしたかったことに向き合い、少しずつ形にしている岡島さん。これから先の展開にも、期待していきたい。

 

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【略歴】

座右の品:宮本 輝『青が散る

     「中3の時に読んだ本。不思議な読後感は今でも印象に残っています」

生年月日:1984年6月15日生まれ ふたご座 B型 

経歴:京都市立境谷小学校→高崎市立佐野中学校→県立高崎女子高等学校→早稲田大学第一文学部→東京地下鉄株式会社→ポートマンズカフェ店員、フリーライター

家族構成:夫

趣味:たわいもないおしゃべり

お気に入りスポット:清澄庭園、都市の川辺

特技:人と店の名前をすぐ覚える

好きな食べ物:ベーグル

嫌いな食べ物:貝類・和菓子全般

好きな言葉:楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する

URL:facebook : https://www.facebook.com/azusa.okajima

Amazon : 津川梓 著『ハロー私のエトランジェ』『ヒカリノイト』

   http://www.amazon.co.jp/%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E6%A2%93/e/B004EYLAXO

筆者とのつながり:友人の紹介

 

 

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(執筆:小野 ヒデコ)

 

<小野ヒデコプロフィール>

おの・ひでこ 1984年生まれ。自動車メーカー、アパレル会社勤務を経て2015年にライターに転身。