「人」という肩書きで生きる

好きな人を取材して、その人の生き様を紹介しています。

No.2 みんなの拠り所になる空間を作りたい

小田急豪徳寺/世田谷線山下駅から徒歩3分の場所に佇むごはん屋さん「夜ごはん 月」。2011年3月の満月の日にオープンした。ランチにはチェコ料理のブランボラーク、夜には体に優しいお惣菜とコアな日本酒がいただける。ひとりで切り盛りしているのは、女性経営者の汐井里英子さん(37)。石川県出身の元ダンサー。現在は世田谷区在住の一児の母。小柄で華奢な彼女の中に詰まっている、お店を経営していく上での「想い」に耳を傾けてみた。

 

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「夜ごはん 月」をオープンしたきったけ

はじめから飲食店に興味があったと思いきや、「元々はダンスやインスタレーションなどのパフォーマンスをメインに行っていて、サブとして飲食店で働いていました。」前のお店のチェコ料理店では料理長を務めていた汐井さん。そのお店が閉店になるタイミングで、「お店出してみたら?」と言われたのが自分の店を持つきっかけだったと言う。独立するのは大変だったのではないかと聞いてみた。大変だった~という返答が返ってくると予想したが、実際は「縁があって。」という回答だった。

 

「本当に縁とタイミングが良かった。この場所もちょうど空いていたり、家具デザイナーの知り合いがたまたま海外から帰ってきたりしていたり。12~13人の力を借りて1ヵ月ほどで内装をすべて完成させました。」大変なことも多かっただろうが、そういう素振りをあまり見せない彼女は、苦労をもみんなで力を合わせて作り上げた喜びに変換しているのかもしれない。

 

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女性向け⇒常連客は独身男性

お店のコンセプトは「女の子メインのごはん屋」だったそうだ。「居酒屋というと女性はなかなか一人では入れないし、カロリーも気になる。だから夜遅くても食べられるような体に良い和食を出したいと思って。なかなか健康的な和食屋さんってないでしょ?それこそパジャマとかでもOKな感じで。」しかし実際は、独身男性に大人気だ。「なんでかわからないんだけど、30代の独身男性やバツイチの方がよく来てくれるの。最初は何人かで来店するんだけと、その後はほとんどひとりで来られるようになります。女性は全然。なんでかな~。」と首をかしげていた。毎週訪れたり、遠方から定期的に足を運んでくれたりするお客さんもいるそう。ここが「家」のようにくつろぐことが出来る空間であることを物語っている。

 

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経営者として、一児の母として

独立してから結婚をし、息子さんが生まれた。「育児は本当に大変。でも、この場所があるから子どもと一緒に働くことができるのが嬉しい。」家族と保育園という社会以外に、息子さんはお店に来る人たちと触れ合うことができる。「地域の人と一緒に育てていく」というのが汐井さんの理想だ。「核家族が増えて近所との交流も少なってきている中で、地域の人と助け合いながら子育てをしていくことでお互い良い方向にいくんじゃないかな。メビウスの輪みたいに。」メビウスの輪とは、無限の繰り返しを意味する。人から助けられた時の嬉しさと感謝の気持ちが、また別の誰かを手助けする原動力になる。その幸せの連鎖がどんどん続いていく-そんな場所を作っていきたいと彼女は考える。

 

働くことはもちろん大変だ。それでも、「自分の武器は料理」とはっきり言う彼女は、自身の強みを知っていて、それを存分に発揮しているのだ。お昼にはブランボラークというチェコ料理のジャガイモのパンケーキを出している。チェコという国は北海道と緯度が同じだ。そのため、野菜と言ったら根菜野菜がメインになる。セロリアック(※セリ科の野菜で肥大した茎を食べる)も主流の食材だが値段も高く、日本ではあまり一般的に知られていない。「日本人の舌に合うよう味のバランスを考えています。海外で食べられていても日本ではあまりウケないものもあるので良いとこ取りをしています。」チェコ料理は1日1品にしたり、イベントの時に出したりするなど工夫して経営をしている。

 

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みんなの拠り所になる空間に

「夜ごはん 月」では飲食の他に、場所を貸し出すこともある。子供のおもちゃと適度に広く、騒いでも周囲に迷惑にならない空間であるため、子供連れのママ会などにもよく使われる。また、いろいろなイベントも企画されている。アフリカ・グルジア料理やチーズフェアなど食にまつわるものから、音楽や本の関連イベントも行っている。コンセプチュアル・アート(※概念芸術)にも精通している彼女は飲食を超え、一アーティストとして「夜ごはん 月」を表現の場としている。彼女の中にあるのはインタラクティブという言葉だ。“食事を提供する-食事を食べる”という一方通行ではなく、もっとお互いが交流し合える場を作りたいという強い思いがある。「ビブリオ(※読書会)を行った時、参加者は50~60代の男性がほとんどでした。内容もアカデミックな感じで。今、私がしたいのは本をあまり読まない人、特に20~30代の人にも気軽に参加してもらえるようなハードルの低いイベントを企画することです。」まだ具体的な方法は検討中だ。

一般的な飲食店に止まらない、汐井さんの真っ直ぐな熱い想いが感じられた。

 

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ピンクカレー!?

この4月18日にも花屋さんとのコラボイベントを計画中だ。「ピンクの花を浮かべたピンクカレー」を作る予定。ピンク色のカレーもスパイスを上手く使ってできるそう。汐井さん自身が「ピンクのカレーを中年のおじさんが横一列で食べている絵をみてみたくて。」と楽しそうに言っている。実現したらなかなかお目にかかれない光景になるだろう。また、参加してくれた女性の方には、お花屋さんから花を髪飾りとして付けてもらえる特典もあるようだ。老若男女を問わず、誰でも自由に楽しく参加できるイベント。今回もたくさんの人々が出会い、つながれる場所になるはずだ。

 

 

カウンターのあるほど良い空間と、美味しいごはんと、いつもナチュラルに迎えてくれる汐井さんがいる「夜ごはん 月」。お店のネーミングは、「満月」から来ている。「三日月とかではなく、満月。まるい形はつながりの意味も込めて。」これからも色々なイベントを仕掛けていく汐井さん。その周りには新たにたくさんの人の笑顔が生まれていきそうだ。

 

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【略歴】

座右の品:パトリック・ボカノフスキー『天使』

     「美しい。」

生年月日:1977年 生まれ 0型 しし座

家族構成:夫、息子(3歳)

趣味:読書

お気に入りスポット:千歳船橋の桜の樹

特技:おどり

好きな食べ物:さくらんぼ(サトウニシキ一筋!)

嫌いな食べ物:特になし

尊敬する人:大江健三郎

Twitter URL:夜ごはん 月 yorugohan_tsuki

 筆者とのつながり:近所のごはん屋さん

 

(執筆:小野 ヒデコ)

 

<小野ヒデコプロフィール>

おの・ひでこ 1984年生まれ。自動車メーカー、アパレル会社勤務を経て2015年にライターに転身。